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大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)93号 判決 1979年4月17日

原告

和田守

和田澄枝

原告ら訴訟代理人

佐藤欣哉

被告

浪速税務署長

岡実

被告

国税不服審判所長

岡田辰雄

被告ら指定代理人

平井義丸

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告らの被告署長に対する本件処分の取消請求について

一当事者間に争いがない事実

原告和田守は本件土地上に本件借地権を有し、原告和田澄枝が本件土地上に本件建物を所有していたこと、原告らは、原告らの資産を昭和四四年二月、大林組に売り渡したこと、近鉄が土地収用法による公共事業の認定を受けその事業を施行する者であり、大林組が請負業者として工事を施行する者であつたこと、本件建物の敷地である本件土地は、昭和四二年三月二三日所有者から大林組に譲渡され、大林組は、昭和四四年三月三一日本件土地を南都銀行に譲渡したこと、以上のことは当事者間に争いがない。

二特例の規定の適用の有無について

当裁判所は、原告らが大林組に対し原告らの資産を売り渡してえた対価に対しては、特措法三一条一項二号(以下二号という)の規定の適用がないと解するものである。以下その理由を詳述する。

(一)  実体的要件

二号の規定する売買の買主は、特措法三一条一項一号の土地収用法等による収用権のある事業の認定を受けた起業者又はその認定を受けることのできる者に限られると解するのが相当である。本件にそくしていえば、本件での起業者は近鉄であり、その工事の施行者である大林組ではない。その理由は次のとおりである。

(1) 特措法三一条の規定の趣旨は、社会資本の充実という国の政策を推進するため、収用手続等の円滑化を狙つて、租税面で特別にその負担の軽減をはかることにある。したがつて、特定公共事業のため収用された土地等に対する譲渡所得課税の特別措置は、土地収用法等により収用され、補償金を取得した場合、又はこれと同視できる場合であることが必要である。

(2) 右の同視できる場合の規定として二号があるが、二号の任意買収の買主は、土地収用法等による収用権のある事業認定を受けた起業者に限られると解すべきである。なぜなら、二号は任意の売渡に応じた者に対し、収用裁決を経ていなくても、一号と同様の特典を与えて一号を補完しようとする目的に出たものであるから、二号は、この点を除いては一号と同様の要件を充すことが必要であるからである。したがつて、二号の場合、売渡しの相手方が収用をすることのできる起業者でなければ、収用があつた場合と同視できるといえない。そのうえ、二号の文言を「起業者の資産の買取の申出を拒むときは、収用されることとなる場合に、当該資産を起業者に買い取られ、対価を取得するとき」と読むのが素直な読み方といえる。

(3) 特措法三三条の二第四項は、確定申告書又は修正申告書に添付して提出すべき書類を特定しているが、それには、「特定公共事業の施行者から交付を受けた……買取り等の申出があつたことを証する書類その他大蔵省令で定める書類」とあり、特措法施行規則一五条の二第一項にも「公共事業の施行者の……書類」とある。そうして、同条第二項では、公共事業の施行者に買取り等の申出のあつたことを証する書類の写しを所轄税務署長に提出することを義務づけている。

これらのことから、二号にいう資産の買取人としては、公共事業の施行者つまり事業認定を受けた起業者しか予定されていないといえる。

(4) 特措法のような租税負担の例外を定めた法律を解釈適用する際には、厳格に解釈し、みだりに拡張解釈をするべきではない(最判昭和四八年一一月一六日民集二七巻一〇号一三三三頁参照)。そうでないと、租税負担の公平の原則がたやすく崩される虞れが生じるのである。

この視点からすると、二号にいう任意買収が、特措法三一条一項一号の収用と同視できる場合つまり公共事業の施行者に対する任意買収に限られるべきことは、理の当然である。

(5) 原告らが主張するように事業認定を受けた起業者ではなく起業者から工事を請け負いその工事を施行する業者が任意買収をした場合にまで二号が予定する任意買収に含めるには、起業者と工事施行者との間に、どのような法律関係が目的物件に対してあれば足りるのかを、法令で明確に規定する必要がある。そうでなければ、二号の適用が恣意的になり租税法律主義にもとることになる。しかし、特措法には、そのような要件の定めはない。

(6) そのうえ、原告らが原告らの資産を大林組に任意に売却した事情として次の事実が認められるところ、この事実からしても、本件の任意買収に特例の規定の適用を認めることは困難である。

前述した当事者間に争いがない事実や<証拠>を総合すると次のことが認められる。

(ア) 近鉄は、昭和四一年一二月二六日、新線建設工事のため本件土地を含む区域につき事業認定を受けたが、その当初の計画では、本件土地及び西側の二筆の土地を収用してここに通風塔を建設する計画であつた。

(イ) ところが、南都銀行が昭和四二年度中に本件土地を含む一角に南都銀行大阪支店を設ける計画をたて大林組を通じてその用地買収を進め、本件土地は、昭和四三年一一月大林組によつて買い取られた。

(ウ) 近鉄はこのことを知り、大林組を交えて南都銀行と話し合つたが、南都銀行は、本件土地が支店用地として必要であることを強調した。

そこで、近鉄は、本件土地を収用手続によつて取得することを断念し、通風塔の建設予定地から外した。そうして、通風塔を本件土地の西側の二筆の土地だけに建てることにした。

(エ) 大林組は、南都銀行大阪支店が入る南都地所ビルデイングを建築する工事も請け負い、他方で近鉄の工事も請け負つた関係で、原告らの資産を買い受けた後、本件土地を通風塔建設工事の基地として便宜利用した。

大林組は、この工事終了後、本件土地を含む東側の土地上に南都地所ビルデイングを建てた。

本件土地は、昭和四四年三月三一日大林組から南都銀行に売却された。

以上認定の事実からすると、大林組が、本件土地を南都銀行大阪支店建設用地として入手したため、近鉄は、本件土地の収用を断念し、通風塔建設の設計変更までしたのであるから、近鉄が、原告らの資産を収用手続によつて買収することはありえなかつたとするほかはない。

もつとも、原告和田守の本人尋問の結果中には、原告和田守は、原告らの資産を大林組に任意に譲渡しないときには近鉄が収用手続をとると大林組の滝田課長と訴外平松商事株式会社の平松輝夫にいわれた旨の供述がある。

これは、前記認定の事実からいつて、大林組が、南都銀行大阪支店の敷地として本件土地を確保するための方便上してそう原告和田守にいつたにすぎないものと推測される。

(二)  手続的要件

特措法三三条の二第三項は、確定申告書又は修正申告書に、特定公共事業の用地の買収等の場合の課税の特例の規定の適用を受けようとする旨を記載し、一定の書類を添付するよう要求し、そうしないときには、特例の適用をしないことを明記している。

ところで、原告らが、確定申告書又は修正申告書に特例の規定の適用を受けようとする旨を記載するとか、法定の書類を添付するとかしなかつたことは、原告らが自認している。

原告らは、確定申告書を提出する際、特例の適用を受けたいと浪速税務署の係官に口頭で告げたと主張しているが、特措法は、明文で確定申告又は修正申告書に明記することを要件づけているのである。

原告らが、浪速税務署の係官に示した一件書類は、大林組が作成したものであり近鉄が作成したものではない。ところで、大林組は公共事業の施行者ではないから、大林組の作成した書類が法定の書類とならないことは多言を必要としない。

原告らは、嘆願書を提出したと主張しているが、嘆願書を提出することは、前述した要件を充足することと全く無関係である。

以上の次第で、原告らは、特例の規定の適用についての手続的要件を満たしておらないことに帰着する。

三むすび

以上の次第で、原告らが原告らの資産を大林組に譲渡してえた所得に対しては特例の規定を適用する余地がない。

原告らの昭和四四年分の総所得額は、被告署長が本件訴訟の主張で主張している金額のとおりであることは、計算上明らかである。

そうすると、本件処分は、この範囲内であるから適法である。したがつて、原告らの被告署長に対し本件処分の取消しを求める請求は失当として棄却を免れない。

第二、第三<省略>

(古崎慶長 井関正裕 西尾進)

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